稀少なレア車になってしまったFordクラウン・ビクトリアのワゴン

クラウン・ビクトリアのワゴン

Fordクラウン・ビクトリアのワゴン


2025年の現代では、So-Caliでも滅多に見かけなくなってしまった、Fordのクラウン・ビクトリア。

そのワゴンとなると、5~6年ぶりに見た気がします。

カプリスワゴンと、このクラウン・ビクトリアのワゴンは
2000年頃なら安い個体で800ドル程度から、ローマイルでも3500ドルほどで
オートトレーダーを開けば,、叩き売り状態で売っていました。

燃費の悪いガスイーターで、外観はバカでかいのに室内は狭く
安い個体は、ティファナでタクシーとして使われていました。

戦争が始まると、ガソリン価格の高騰でティファナからも
あっという間にフルサイズワゴンは、姿を消して見かけなくなりました。

最近では、この年代のフルサイズは低所得者層が仕方なく乗る時代から、
富裕層の趣味のクルマとして認識されています。
FC2ブログランキングです
金沢市のSEO対策とホームページ制作会社 IN-A-TRANZ ウェブデザイン事務所のホームページです。
https://in-a-tranz.net/
comments (0) / trackbacks (0) / posted by TJey

サンディエゴのConvoyに集まるエイジアン系と日本人コミュニティ

サンディエゴのConvoyに集まったエイジアン系のコミュニティ

Convoyに集まったエイジアン系と日本人コミュニティ


Kearny Mesaエリアを通る、ConvoyストリートはAsian系達からは
通称"コンボイ"と呼ばれ、現地の日本人なら誰もが知るエリア。

昔、日本人が少なかった頃のSDと違い、
今はコンボイに来れば、日本人と必ず遭遇します。

わたしもメインランドに初めて来た時は、日本食が恋しくなり
時々日本食レストランや日系スーパーに行ったものです。

そんな、コンボイにも今では年に1、2回しか行かなくなりました。

Convoy Streetとは


Convoy Streetは、サンディエゴのKearny Mesa地区に位置します。

わたしの住むPB(パシフィックビーチ)エリアとは全く雰囲気も異なり、
Pan Asian(パンアジアン)文化が息づく、So-Caliでも異質なエリア。

So-Cali(サウスカリフォルニア)でも最大級といわれる、Pan Asian系の
ビジネス集積地のひとつとして、様々なAsian系飲食店が立ち並び、
サンディエゴの中でも独自の雰囲気を醸し出しているのがConvoyエリアです。

日本食レストランをはじめ、B級グルメの焼き鳥店やラーメン屋、居酒屋まで
様々な日系のお店が、コンボイには揃っています。

Convoyに集まるAsian系


1965年の移民法の改正で、Asiaからの移住が飛躍的に増えました。
この時期、既にConvoyには家族経営の小さな店舗が点在し、Asian系の味や文化が紹介される様に。

少数ながら日系レストランが現れ、母国の伝統を求める人々のニーズに応えていく
日本人の動きがこの時期、見られるようになりました。

そして1990年代初頭、Convoyエリアは「小さなmom-and-pop店舗」の集りから、
Asian各国の特色が、鮮明な商業地区へと進化します。

NijiyaやMitsuwaのようなスーパーマーケット


90年代後半、Convoyエリアは急速にパンアジアのハブとして認識される様になり、
その過程で、日本人コミュニティの存在感もさらに強まります。

日本からの直接投資、日系企業の出店、さらに移住者や日系アメリカ人による
新規事業の展開が進み、ラーメン店、寿司店、日本の食材店など、幅広い形で
日本文化が地域社会に根付いていきます。

NijiyaやMitsuwaのような日系スーパーマーケットは、若い世代や留学生達、
日本への郷愁を感じる住民にとって、重要な文化の窓口となりました。

コンボイの再開発


2020年にサンディエゴ市は、Convoyエリア全体を
「Convoy Pan Asian Cultural and Business Innovation District」として正式に認定。

この認定は、これまでの歴史を通じたAsian系達の事業活動と文化交流を
政府レベルで評価したもので、日系コミュニティもその一端として位置づけられています。

以降、定期的な日本祭りやポップカルチャー・イベント等々、
ConvoyはAsian文化共生の象徴として、今後も進化を遂げるでしょう。

そして近年、ようやくConvoy St周辺は再開発の波が押し寄せて、Trammell Crow Residentialが、
計画する531戸のアパートメント複合施設プロジェクトが進んでいます。

これまで商業エリアとして機能してきたConvoy Stに、初めて住宅が導入される試みで、
居住者がコンボイの商業活動に参加しやすい、コミュニティ形成を目的としています。

日本人より中華の華僑系、コリアン、ベトナム系の台頭が目立ちます。
気が付けば、いつの間にか日本人がコンボイで一番の少数派になっています。

コンボイエリアの食文化とコミュニティ


Convoy District内には、香港スタイルの点心を提供する老舗「ジャスミン」や、
先進のオーディオシステムが特徴の「コンボイミュージックバー」など、
個性的なAsian系の店舗が数多く存在するコンボイ地区。

Convoy District, San Diegoの公式サイトです。
https://convoydistrict.com/


これらの店を含む、多種多様なレストランやショップは、コンボイに訪れるSDの人々に
未体験で珍しい食体験とAsian達との交流の機会を提供し、サンディエガンだけでなく
SDへ訪れる、日本人や韓国人の観光客にも人気です。

また、Convoyエリアでは定期的なAsian系イベントやポップアップも開催され、
文化とコミュニティが絶えず、融合するエリアとしてコンボイは進化しています。

2025年の現在では、Convoyは単なるAsian系が集まる商業エリアを超えて、
文化、食、生活が一体となったAsian系コミュニティエリアとして成長中です。

Covoyエリアの沿革


90年代当時のConvoyエリアは、すでに中国、韓国、ベトナム等のアジア系店舗が
軒を連ねる、SDの中でAsian文化な空間となっていました。

こうした中で、サンディエガンやAsian系移民の中から「本場の味」を求める声が高まり始めました。

また日本食は、当時まだ他のAsian料理に比べて十分に知られていなかったため、
Asian料理の別視点と、ヘルシーさがアメ人に注目される素地がありました。

日本人先駆者がコンボイに登場


1993年頃に数人の日本人起業家(Taroさん、Takashiさん)達がConvoyエリアに、
初の本格的な日本料理店の和膳亭をオープンさせました。

PB(パシフィックビーチ)やダウンタウンのSushi BarやJapanese Cuisineとは違う、純和食店です。

メニューは季節の食材を活かした、日本食定番の煮物、焼き魚、御飯、味噌汁、
といった和定食が提供され、家族連れやSD在住日本人の間で評判となりました。

従来の日本食レストランは「寿司」「天ぷら」といった定番料理に留まっていましたが、
この店舗は、旬の素材を活かした季節感ある料理や、家庭的な味わいを大切にしたメニューを展開。
和食の持つ繊細さと、視覚的な美しさも強調される日本的なインテリア店舗内装は、
当時のConvoyエリアのAsian系レストラン既存店舗との差別化に成功しました。

また、Takashiさんが日系スーパーの運営や、日本食材の輸入・提供を通して、
現地の日本食レストラン運営のバックボーンとなる重要な役割を担い、
コンボイの日本食レストランに大きな影響を与えました。

90年代当時のコンボイ


90年代当時、Convoyエリアが既にパンアジアンな色彩を強め、
Asia各国の料理や商売が一堂に会する、エイジアンな活気溢れる街でした。

その中で、日本から来た先駆者達が提示した「本物の和食」は、従来の認識を大きく塗り替え、
その後の日本食レストラン店舗展開の道筋を作る、重要な転換点となりました。

日本人先駆者の成功は、SDの他の日本人達にも勇気を与え、以降は日本食レストラン、
和菓子店や日本食材の専門店などが、コンボイに次々と登場。

これによりConvoyエリアは、サンディエゴの中で日本文化が輝くエリアとなりました。

コンボイの日本食レストランとは違う、"Ichiban"一番


SDで、創業時から現在(2025年)まで人気の衰えない日本食レストランがIchibanです。

日本人の"Yoshihiroさん"が創業したIchibanは、
コンボイの日本食レストランとは、少し異なります。

Ichibanが創業した当初は、家族経営の小規模ながら本格的な寿司、
刺身、天ぷら等の伝統的な和食を提供していました。

90年代、日本食ブームが本格化する中でIchibanは、基本の伝統を守りながらも、
サンディエゴで受け入れられるアレンジを加え、変化する市場に柔軟に対応しました。

Ichibanが提供するメニューは、寿司をはじめ伝統的な和食に加えて、
アメ人の味覚に合わせた、フュージョン料理も取り入れるようになりました。
特にサンディエゴで、レインボーロールを広めたのは有名な話です。

今では日本人より、現地のサンディエガンに好評な日本食レストランがIchibanです。
わたしも、Ichibanだけは時々、アメ人を誘って食事に行きます。

Yoshihiroさんの経営理念は「伝統と革新の融合」で、昔ながらの本物の和食のエッセンスを守りつつ、
サンディエゴの食文化に合った、メニュー開発や店舗運営を行うことで、
"Ichiban"は、広い年代の地元サンディエガン達から支持される、
Japanese Cuisineブランドになりました。

ICHIBAN PBのレインボーロール 一番 Japanese cuisine Restaurant 1441 Garnet Ave.(Pacific Beach)
https://in-a-tranz.net/weblog/log/ichiban_pb_san_diego.html


日本食レストラン二番(NIBAN Japanese Restaurant)クレアモント サンディエゴ
https://in-a-tranz.net/weblog/log/niban_japanese_restaurant_san_diego.html

FC2ブログランキングです
金沢市のSEO対策とホームページ制作会社 IN-A-TRANZ ウェブデザイン事務所のホームページです。
https://in-a-tranz.net/
comments (0) / trackbacks (0) / posted by admin

必ず確保されるビーチへのアクセス道路

必ず確保されるビーチへのアクセス道路

ビリオネアだけには独占させないビーチへの路地


PB(パシフィックビーチ)バードロック地区の路地です。
このエリアは、PBというより今ではラホヤ地区に同化しそうなエリア。

数十年前までは、USらしい古い木造平屋建てが建ち並ぶ住宅街でした。

La Jolla迄は、クルマで数分の立地に目を付けた不動産業者が、
海岸沿いの古くから建つ住宅を買い占め始めると、風景は一変。

映画に出てくるような白亜の豪邸に姿を変え10億、20億のプライスが掲げられています。

ただ、それはビーチ沿いに限っての話し。

1ブロック入れば、PBで良く見る古い平屋建てが目立ちます。
彼らがビーチへアクセス出来るように、必ず細い路地は確保されています。

ビリオネアだけにビーチを独占させません。
FC2ブログランキングです
金沢市のSEO対策とホームページ制作会社 IN-A-TRANZ ウェブデザイン事務所のホームページです。
https://in-a-tranz.net/
comments (0) / trackbacks (0) / posted by TJey
トップへ戻る