自己主張が出来るアメリカ人と出来ない日本人

自己主張が出来るアメリカ人とF*ck Trumpサイン
このエリアは名前は伏せますが結構、保守的な人達が集まるエリアです。
打合せの帰り道、見上げたテナントビルに"F*ck Trump"が。
荷造りテープをちぎって貼った様子がわかります。
このサインを見てわたしは、過激なアメリカ人とは感じません。
何故なら、アメリカ人と日本人の自己表現には文化的な深い違いがあるから。
USでは「主張すること」が個人の尊厳と自由の証とされ、
日本では「控える・我慢すること」が調和と成熟、美徳とされる違いです。
USでは「自分の意見を持ち、それを表明すること」が教育でも社会でも奨励されます。
これは、民主主義の根幹で政治的意見を公然と表す行動(例:窓に「F*ck Trump」と貼る)ことも、
自然で普通の自己表現の一形態として、USの社会では容認されます。
教育とメディアの影響
USの小学校では、ディベートやプレゼンが重視される教育です。
メディアでも「自分の声を持つ」ことがヒーロー像として良く描かれます。
もし、自己主張しないと「存在していない」と見なされることすら。
社会的リスクよりも自分
たとえ職場や公共の場でも、政治的・社会的な意見を表明することが
「勇気ある行動」として評価されることが多いのがUSです。
こういうのって日本人は信じられないですよね?
保守系な政治家に多額の献金を行っている、企業で働いていると仮定して
「高市のクソが!」なんて絶対に言えません。即、左遷と嫌がらせです。
日本人の美徳
日本人は「空気を読む」、「相手を立てる」、「波風を立てない」ことが美徳とされ、
自己主張は、単なる「わがまま」、「空気を読めない奴」と変人扱いです。
わたしがUSに暮らして感じるのは、教育が違うだけで人格が変わります。
日本の島国という閉鎖的な教育環境と、戦前から変わらない社会構造の影響が大きいと感じます。
幼稚園、小学校から徹底した集団行動の強制や協調性が教育では重視され、
意見の違いよりも「みんなが一緒、仲良し」的な、一致を強制される傾向が。
職場でも「上司の意向」は絶対で、「部署の空気」に従うことが絶対条件、
円滑な人間関係の鍵です。
自己主張なんてとんでもなく「察してもらう」ことや「遠回しに伝える」ことが多く、
明確な反対意見を表明することは、異端児のレッテルを貼られ変人扱いです。
我慢や沈黙が美徳とされるのは、戦前と同じ。
USと日本どちらも「文化的な合理性」
USと日本、違いは「どちらが優れているか」ではなく「どの価値観を優先するか」の違いです。
・USでは「沈黙=無関心」と見なされ、日本では「沈黙=配慮」と解釈される。
・USでは「主張=誠実」だが、日本では「主張=自己中な奴」と受け取られる。
そんな、最悪な日本でもSNSやUS帰りの若者コミュニティが創るカルチャー文化を中心に、
我慢や沈黙を美徳とする自己表現のスタイルが少しずつ変化しているのを感じます。
強いZ世代とデジタルネイティブ文化
Z世代(90年代後半〜2010年代前半生まれ)は、スマホとSNSが当たり前の環境で育った世代。
Xやインスタ無くして生活は成り立たず、SNSは彼らにとって
インフラの一部、日本でも自己表現の場として日常的に使われます。
最近の日本人の若者は、自己肯定感や多様性を重視する価値観が強く、
「空気を読む」より「自分らしさを出す」ことが評価される傾向が。
少しずつ変化してきている日本人を感じます。
彼らの中から将来、首相となる人が誕生する日本が楽しみです。

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